多胡碑シンポジウム

多胡碑シンポジウム

  • 多胡碑シンポジウム・・・上毛三碑(①多胡碑、②山上碑、③金井沢碑)+④山上多重塔には、見学に行っている。しかし、内容は未だに把握していない。多胡碑シンポジウムは、4人の大先生が講演後、シンポジウムをする。10時~17時までの長丁場なので午後から行くことにした。★結果的には「5C~8Cにかけて、群馬は韓国・中国からの渡来人の宝庫で、朝廷の東国支配の拠点であることが分かった。」だけだった。
箕輪初心■群馬「多胡碑シンポジウム」3月6日より
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  • 多胡碑・・・シンポジウムの冊子P48より
    【銘文】
   弁官符上野國片岡郡緑野郡甘
   良郡并三郡内三百戸郡成給羊
   成多胡郡和銅四年三月九日甲寅
   宣左中弁正五位下多治比真人
   太政官二品穂積親王左太臣正二
   位石上尊右太臣正二位藤原尊

    【読み方】
   弁官符す。上野国の片岡郡・緑野郡・甘良郡并せて三郡の内、三百戸を郡と成し、
   羊に給いて多胡郡と成せ。和銅四年三月九日甲寅に宣る。
   左中弁・正五位下多治比真人。
   太政官・二品穂積親王、左太臣正二位石上尊、右太臣正二位藤原尊。

    【現代語訳】
   朝廷の弁官局(べんかんきょく)からの命令があった。
   上野国の片岡郡・緑野郡(みどのぐん)・甘良郡(かむらぐん)の三郡の中から
   三百戸を分けて新たに郡をつくり、羊(ひつじ)という人に支配を任せる。
   郡の名前は多胡郡としなさい。
   和銅4年(711年)3月9日の甲寅(きのえとら)の日に宣(の)べられた。
   左中弁正五位下:多治比真人(たじひのまひと)の宣旨である。
   また、多胡郡を作ることを決めたときの太政官は
   二品(にほん)位:穂積親王(ほづみのみこ)、
   左太臣正二位:石上(麻呂=いそのかみのまろ)様、
   右太臣正二位:藤原(不比等=ふじわらのふひと)様。
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    (多胡碑博物館の説明書き)

シンポジウム

  • 【1】『東国における渡来人の位相と多胡郡の建郡』土生田純之(はぶた よしゆき)氏・・・大阪出身で、専修大学教授。
    • ①はじめに・・・シンポジウムの意図。パネラー紹介。
    • ②東国における渡来人の位相・・・古墳の種類
    • ③西毛におけるその後の倭人・・・高崎剣崎西遺跡
    • ④欽明~推古朝期における西毛の威信財・・・古墳出土品は朝鮮・中国製。
    • ⑤考古学からみた多胡碑建碑の問題・・甘良(かむら)=加羅=加那
   ・西毛&東毛 ・多胡は多くの渡来人の意味。・新羅人は「吉井」姓

  • 【2】『多胡碑の輝き』平川南氏・・・山梨県出身で、多賀城発掘→国立歴史民俗資料館館長。
    • ①上野国の広域行政・・・14郡102郷で、大国。
    • ②西部6郡の特質・・・・多胡(多い外国人) 胡麻(ごま)・胡椒(こしょう)・胡桃(くるみ)=呉桃:中国語  胡(ご)・呉(くれ)・漢(かん)・韓(から)で表記。先進的技能が多胡郡に集中。
    • ③多胡郡建郡・・・3郡6郷の異例の措置。
    • ④日本古代の古碑・・・東山道で北上。
    • ⑤多胡碑の輝き・・・・・東国の拠点。

  • 【3】『渡来人の東国移住と多胡郡建郡』亀田修一氏・・・福岡県出身で、岡山理科大学教授。
    • ①はじめに・・・屯倉と渡来人
    • ②西国における渡来人の移住・・・日本最大:造山古墳
    • ③上野地域における渡来人の移住と多胡郡建部」
    • ④おわりに・・・・大和以外では吉備(岡山)、上毛野国(群馬)最先端の国。
   ★岡山県の吉備の古墳の説明が85%。でも、3位の造山古墳近辺を散策
   したことがあるので、全然抵抗がなかった。

  • 【4】『多胡郡成立前夜ー古墳時代の多胡郡域』右島和夫氏・・・群馬県境町出身→太田高校→群大→県文化財審議委員。
    • ①はじめに・・7Cの日本  西毛&東毛は古利根川が境。
    • ②群馬の古墳時代の概観・・・★長すぎ。3分の2が古墳紹介。
    • ③鏑川の古墳・・・東山道との関わり
    • ④多胡郡の古墳・・山名古墳・矢田古墳・神保古墳など
    • ⑤まとめ・・・・・多胡碑は古墳の渡来人の技術の結晶。 
   ★右島先生は群馬の古墳の説明が80%であった。
    本来の「多胡碑」の説明が少ししかなかった。古墳の話ばかりであった。
    おいらは、群馬の説明に出てきていた古墳の80%を見学しているし、
    4碑を見学している。それなりの歴史的の背景の知識もある。
   ★群馬の古墳に関わる渡来人の力は毛野国にずっとあったらしい。
    結局、多胡碑のことはよく分からなかった。まあ、いいか。

   ・高崎千年(若狭徹著)1000円・・・★分かりやすい。
   ・多胡碑博物館の写真集 400円・・・★安い。

   ●HIS→安国寺→橙橙&ダイビングショップ(=飲み屋)青柳氏
   ●高崎城の乾楼の見学

  • 【5】シンポジウム  司会:土生田 パネラー:平井・右島・亀田 1時間半のところ、1時間聞いた。ここでは、多胡碑の歴史的価値や意義などの検討が行れた。★やっとテーマの話が話し合われて、よかった。
    • ■丸山氏にあった。・・・中学の同級生で、群馬県埋文で右島氏に師事。高崎の山名伊勢塚古墳を土生田氏と発掘。現在、星野富広美術館の語り部である。
    • ■日本3古碑
    群馬県の多胡碑・・・・・・国特史 711年
    栃木県の那須国造碑・・・・国宝  700年
    宮城県の多賀城碑・・・・・国重文 762年
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    • ■上野3碑
    多胡碑・・・・・・・国特史    711年
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    山上碑・・・・・・・国特史    681年
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    金井沢碑・・・・・国特史    726年
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    山上多重塔・・・         801年   (群馬県みどり市山上)
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  • 最終更新:2016-05-30 14:57:55

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