巻四戦法メモ

寡戦 小勢にて大勢に向かうを云う
一 味方少人数なるを、敵、大軍にて取りこむる時は、敵の備えの手、合わざる先に早く合戦す
  べし。無二無三に一方へ切り抜くべし。
一 敵の大軍、備えをあまたに分けて懸かり来る時は、味方、少人数なりとも、備えの数、敵の
  分けたるほどに分けて、槍前にて一備えになつて一度閑の声をあげて撃っべし。
  敵もし一備えになって来る時は、味方は順逆の二備えに分けて左右より打つべし。
 古法に曰く。
  敵すでに異なるときは味方も翼を以てこれに向かって、戦境に至って龍となり、宜しく
  その季の王分より打つべし。敵すでに龍となるときは、味方も龍となってこれに向かい、
  戦境に至って翼となって、宜しく順逆より打つべし。これを翼龍破軍の術と謂う。(口伝)
一 小勢を以て大敵を打つには、切所〔難所〕に引掛けて打つべし。或いはまた夜軍にすべし。
  小勢を敵の知らずして驚く所を打つべし。これ皆戦場にての事なり。
  小国より大国を打つ時は、その時代を見る事肝要なり。
一 小勢にて敵の大軍と平地にて戦うべからず。止むことをえずして戦う時は、敵の備えの片端
  のうすき所を急々に無二無三に切り抜くべし。
  敵より追い詰められ〔れ〕ば、またうすき片端を切り抜くべし。
  この術、諸卒に知らせ置くべし。(扇団の位、秘伝)
一 大軍二備えに分けて懸からば、味方、少人数なりとも三光に分けて、二備えは相向かいて戦
  い、一備えは横より打つべし。(敵の陰陽によって味方も陰陽の中を以て打つべし。口伝)
  敵もし三備えならば、味方は八組に分けて、三備えは相向かいて戦い、残る一備えを以て
  横より打つべし。
 伝曰く。およそ備えの習いと云うは、一輿々を分けて置き、敵遠き内は一備えになつて居り、
  敵より幾備えと知られざる様にして行き、敵近くなつて敵の備えの数より一備多く備えて、
  かたわらに残し置いて敵と等分の備えを以て合戦すべし。もし味方に弱き時、残る一備えを
  以て横より戦うを上策と云う。もし敵・味方の備え同数ならば、先手、槍を合わす時、旗本
  を以て横より打つべし。是は常にはせず、十死一生の時なり。             
一 大敵、小味方を囲むに、三方より囲み一方をあけて置く時は、そのあけたる方へ味方逃げれ
  ば、皆追打ちにせられるものなり。あけたる方を味方の後にして、あけたる方へ味方の逃げ
  ぬように下知をして、向かいたる方に無二無三に切り抜けるものなり。これを死地の師と云
  う。兵法日く。必生、則ち死し、必死、則ち生きる。
一 敵・大軍、味方・少人数なる時は、切所〔難所〕に引きかけ、待の先を勝つべし。切所なく
  ば、柵・土居堤などにも引きかけて、弓・鉄砲にて敵をつか〔疲〕らかして合戦すべし。
一 敵は大軍、味方小勢にて戦なりがたき時は、一人高き所に上がり、扇を開き味方の後に向
  かって後軍を招く体をして敵に見せ、心を移させて退く時は、敵、付けぬ〔迫撃しない〕も
  のなり。(口伝。秘扇)
一 大敵、四方より取り囲む時は、味方の軍兵、真ん丸になつて騎馬・歩兵を中に包んで、弓・
  銃をまわりに備え放ちかけて退くべし。敵近くは一方の端を切通すべし。(口伝。秘なり。
  大星・扇団守るべきなり)

寡戦の口決〔訣〕
  味方の人数五六百、敵の人数千二千の時は、行を以て勝つべし。
  敵勢千、二千に味方十、二十にては戦いがたし。
  必ずしも戦う事なかれ。よくよく謀をなしてその場を引き退くべし。(口伝。清月)
  味方五六百にて戦う時は鳥雲の陣をなして三光に分け、旛本二百ばかりすぐつて備え、先手
  はいかにも軽く進退して、一手の内にも分を用いて横合を入れ、敵の追う時はさっと引くべ
  し。その時は二番備え、かけ出て、長短(口伝)の辺まで引き付けて、弓・銃をきびしく放
  ちかけ、敵の色めく時を図〔機会〕として旛本も突いて懸かるべし。
  横堅・乱勝・乱棲を以て八方不定の戦いをなす時は、大敵の備えも必ず乱るべし。先手の、
  初めに休みたるが、また懸かる時は、二番はさっと引いて休むべし。その二番、息つきて懸
  かる時は、旛本体むべし。
  いずれ〔どのみち〕一手ずつは、休み休みに戦うこと肝要なり。ただただ敵の大将のある手
  に光陰の日着〔真直ぐに目を付ける〕を以て、せりかけかけ戦うべし。右のごとくしても勝
  負なく、双方疲れる時は、相引きけ引き挙げ兵粮をつかい、日暮れの一戦を以て勝つべし。
  この時は別して以て〔とりわけ〕大星を用うべし。敵の変は日暮れにあり。勝つ事は伏陰に
  あるべし。(口伝、八組)敵引くとも長く追う事なかれ。少しは追うべし。
一 また十死一生の謀をもなすべし。その謀と云うは、大将より諸軍に向かって諌めて曰く。
  大敵、前後左右にあり。味方、小勢なり。然れば即ち、今日こそ十死一生の戦いなるべし。
  各の一命を吾にあたえよ。名は後世に残るべし。いずれも義を思いて名を惜しむ人々なら
  ば、ことごとく大敵を打ち破っで骸は此所に捨てるとも、一心の神は後へ懸け通って吾に
  随いたまへ。天運未だつきず、万死の囲みを出て一生に会う事あらば、各も吾も前代未聞の
  高名とて、後世まで絵に書かれて名を残すべし。武士としての悦び、これより上あらん。
  と諌めて、酒をすすめ、右の三光を太極未分の備えに円めて、しずしずと向かうべし。
  鳥雲奇正の術、前に記するがごとし。(円にして打つ。秘伝)

車懸かり厭う備えの図
一 右のごとくしても、大敵に良将あって、その上、敵軍みなみな強剛にしてその功なき時は、
  兼ねて〔前もって〕諸事に相図を定め置き、相図のサイ〔指揮旗〕に随って、味方の人数、
  一・二・三人ずつ引いて陰地隠れるべし。
  五六百の人数、次第に減りて一・二百も残り、先に隠れたる勢は、兵粮をつかい息を休め
  て、防戦の行きて調いたらんと思う時分、残れる人数棄策を打って陰地の伏の前を走るべ
  し。敵よりは人数減じて逃げると心得て、何の遠慮もなく追討ち来て、伏の前を半ば過ぎる
  時、陰伏顕われ(隠顕・口伝)、横合いより生死是非の戦をなす時、空逃げの味方も取って
  返し、差し挟さんで曳々声を出して戦うべし。必ず大敵放するものなり。
『六斡』に曰く。少を以て衆を撃つは、必ず日の暮れを以て深草に伏して、これを隘路〔狭い
  道〕に要せよと云々。また曰く。前行、いまだ水を渡らず、後行、いまだ舎するに及ばず。
  我が伏兵を発して疾くその左右を撃ち、単騎その前後を擾乱せよ。
  右の口決〔秘訣〕は寡戦の大法なり。これを以て百戦にもあてて某籌あるべし。

衆戦 味方大勢にて小敵を討つを云う
一 味方大軍を以て小敵を打つには、広原平地にて日中に撃っべし。日中に戦えば大軍を敵より
  見て目を驚かすゆえ、敵、弱となるものなり。
一 小敵、備えをあまたに分けて懸かるは、槍前にて一億えになると心得べし。(またその裏を
  用心すべし。口伝)
一 剛敵、小勢にて一億えになって懸かり来たらば、味方の備えを敵の備えほどの人数に幾備え
  にも分けて段々に備え置き、新手を以て請け留め留め戦うべし。(位詰、口伝。また三光に
  備える事あり。時宜によるべし)
一 小敵を囲む事、八方より包んで一人も残さじと戦うこと悪し。三方を囲みて必ず一方を明け
  て置くべし。その明けたる方に敵逃げるなり。明けざれば逃がれる道なきことを知って、敵
  思い切って剛となるなり。司馬法に日く、その三面を囲んで一面を開くことは、生路を示す
  所以なり。伝曰く。寄合勢または一揆の 類と戦う時、殊にこの行専一なり。
一 味方大勢の時、一備え、大備えは悪し。懸待表裏ともに不自由なるものなり。故に小備えに
  して数多く備えるを上備えと云う。
一 長短一味、車懸かりを用いて広原平地の小敵に向かうべし。先手を二備えに分け、その二備
  えを一度に推し出して二町ほど行きて、一備えは碇と備えを立てるべし。
  その時、一億えは推し通って、また二町ほど行きて備えを立てる。
  かくの如く幾度もかわるく備えを立て敵に近づく。これを革懸かりと云う。
  後軍は弓・銃を先に立てて段々に推し寄すべし。
  (口伝日く、味方一万より上ならば用いるべからず。これを厭う備え敵にあらば用いるべか
   らず。順にも逆にも廻るなり幾廻りにて敵に合うと考うべきなり)
一 小敵剛強にして大軍を怖れずは、伏兵か子細あるべしと心得、紬断すべからず。

衆戦の口決
  敵三百にして味方千余の勢の時は、三倍なるによって必ず侮る心あるものなり。
  必ずしも侮るべからず。侮って利を失う事多し。
  右の如きの手配は、味方の人数を一組に六十余ずつ組みて十五段に備うべし。
  右いずれも乱れて戦わず、結ぶ事、三手ずつにして、その一組限りに戦うべし。
  尤(もっと)も一手一手入れ替えく戦うべし。
  然れば、小敵強なりといえども、一を破り二を破り三を破らば、疲れて、また人数も大半減
  るべし。則ち必勝疑い無し。
  必ず必ず侮る事なく、大敵よりも大事に戦う事、専らにすべし。
  敵を攻めるに、敵の心を攻めて味方の心を養うべし。剣戈にあらずして敵を殺し、心を以て
  敵を殺すべし。
一 敵の人数三百にして味方千ある時は、七百を隠して三百を以て戦うべし。徳を得る事五つ有
  り。一つには、敵、味方の小勢を見て侮りて急に戦い早く疲れる。二つには、大勢一同に戦
  えば大勢を頼りあいて、味方の気怠る。三つには、大勢は進退安からず、小勢は自由なり。
  四つには、大勢には友〔共〕崩れあり、小勢にはなし。五つには、しばしば戦いて引きあげ
  るに、敵、勝に乗り追う時、新手七百ありて追い返して、敵を敗せしめん。七百、三光に備
  えて戦う時は勝つこと疑いなし。探き秘事なり。但し右は大法なり。よくく工夫あるべし。

  口伝曰く。敵船近き浦に、伏兵三軍を置くべきなり。敵にもこの行あるべし。よくよく思量
  すべきことなり。
一 船に酔わざる薬の方○角豆の売の黒焼、粉にして、船に乗る時、港にて服用すべし。同秘方
  ○児(石)粉一味、糊にて丸くし、臍の中へ入れ、紙にて張りて置くべし。船に酔うことな
  し。

 《この書は上古より的々相承の書なり。而后〔その後〕秘決を加え、闕略〔漏れ〕を補
  う。しかりといえどもこの書に泥み用兵を欲すれば則ら、船を刻みて剣を苦るが如し。
  兵法は臨機妾にこれを用いると、之を捨つるとの時あり。この意を知らずして三軍
  の上に立つべきか。これを秘して鍛錬あるべし。》
 

対戦 敵・味方等同の人数を云う
一 敵味方、釣相〔合〕の人数の時はよくよく思慮あるべし。謀、おおむね八つあり。
  一に敵・味方の地形の見察
  二に天の時・風雨の考
  三に敵・味方の人数、従来厚恩の者と国々のあつまり勢との考
  四に両大将の賢愚の考
  五に敵・味方、謀臣の賢愚
  六に敵・味方、士卒の才芸の善悪多少
  七に敵・味方、加勢・裏切りの有無
  八に軍監軍曹をよくよく撰び使うべし。
一 備え手配の事、五段中段八陣に備え、人数一千あらば、先手に百五十、二の手に百五十、
  三の手にも百五十、旛本には良兵すぐつて百五十、後軍にも百五十、乙失備え二組に百二十
  五完二所に備う。これ則ち奇兵のしまりなり。
一 人数推し懸る事、繰り懸かりに懸かるべし。繰り懸かりは長短-味の口伝を以て懸かるべ
  し。
一 乙矢の奇軍二組は、終日の戦なりも必ずしも動く事なかれ。只ただ見物の如くなるべし。
 (口伝曰く、戦の色につき色に随って奇軍の働きあるべし。眼勝、秘口伝)

   右備え手配の図.jpg  繰掛かり図.jpg
   右備え手配の図       繰懸かり図

  右の図は、五段、三段、八陣の法なり。但し広原平地の戦なるべし。一手を分かつこと三軍
  なり。乙矢二手を合わせて十七手なり。これを結ぶ時は六手なり。また円むる時は一軍一千
  騎となるなり。
一 敵、右の備えを見て、味方の手数に分けて懸かり来たらば、先手の三手を一つに結んで百五
  十、二三の手は旗本に結んで四百五十、後軍・乙矢結んで四百なり。
  右三手となって光陰に備えて先勝の戦をなして敵を攻め、
  労して図〔機会〕をうかがい相図を以て元の十七手に分かつべし。
一 敵、八方より懸かり向かうとも、八方を首に用いる故に、少しも動転することなく、先手分
  かれて三手となって三方にあたり戦う時、二の手より横入りにいれ、これを拒ぐならば、三
  の手三所に分かれて横を撃たば、旙本の三手は進退の位を見て、鬨の声を挙げ相待つべし。
  また時宜によっては、旗本も二手進みて戦うべし。一手は必ず動くべからず。
  しかして勝負決せざる時、後軍の勢、二の手両方へ相分かれて進む時、先手なりとも二三の
  手なりとも、その時の方角によって偽って逃げるべし。敵、追う時は、進み出たる後軍二手
  のうち横を撃って、左右の追い来たる敵は三の手を以て撃つべし。
  その半に、一の乙矢、鬨を挙げ撃ちかかるべし。二の乙失は伏して終に起たず。諸手ともに
  皆戦い疲れ利を操っ時、図〔機会〕を見て起きて戦うべし。
   伝に曰く。孫子の曰く、敵別ち、よくこれを戦う。この心は、奇中に正をなし正中に奇を
   なし千変万化して大事に戦うべし。条々口伝

客戦 敵国へ行きて戦うを云う。附、伏兵の有無を知る事

一 敵地へ入りて午の刻〔正午〕過ぎて合戦すべからず。もし夜軍に及んでは、敵はその地の案
  内を知り味方は知らず。越度あるべし。
一 敵地へ入りて陣を取り居る時、敵は強く味方は弱き時、戦いもならず退くもならざる時は、
  旛を陣の前に推し立て幕を施ちまはし、陣の前に堀を掘らせ、陣所の用心をきびしくして長
  陣の体に見せ、その夜半に引き取るものなり。
   伝日く。夜、忍び引く時は、馬の舌を紙様にて結び、轡を、布を裂きて結んで、万事音な
   きようにすべし。
一 敵地に城多くあらば、推し来て合戦す人数は少なしと知るべし。然れども謀やあらんと間
  〔問諜〕を用いること肝要なり。
一 敵地に入りてその国の境目にある城は攻める事なかれ。強兵多く篭り、万事堅固なるべし。
  境目を行き過ぎて、その次の城より攻むべし。後の堅城よりの後詰を厭うべし。
一 敵地へ入りて切所〔難所〕・森林の中を行く時、その人口に伏兵を一備え置いて、若壮なる
  軽兵を大物見に遣わし、鉄砲を入れて狩りたて、敵の伏兵あらば軽々と引き取り、残し置き
  たる味方〔の〕伏に引きかけて打つべし。
一 敵地へ入りては、その夜が大事なるものなり。油断すべからず。
 〇陣屋作り、または食〔事〕時に油断すべからず。
 〇長陣の時、陣中怠けある時、かくの如くの節〔時期〕を敵より見すまして必ず打破るものな
  り。油断を以て敵とす。よくよく禁ずべきことなり。

一 敵国へ行くには、我が居城に良臣を撰び、留守居堅固にして後に引かれる気づかいなきよう
  にすべし。
一 敵地にて敵敗して逃げるとも、長追いすべからず。敵は案内よく知り、味方は知らざればな
  り。
一 敵国へ入りて、乱暴・田畠を刈り取り、他国の下民をなやまし、あるいはみだりに放火すべ
  からず。兼ねて〔前もって〕諸卒に戒むべし。伝曰く。謀略の乱暴またあるべし。放火は図
  〔機会〕をはずさざる節〔時期〕あるべし。
一 伏兵の有無を見知する事、敵地にての肝要なり。
 ○犬獣行きかかって引き返すは不審。
 ○鳥類、木に止まるべくして打ち上げて行くは不審。
 ○鳥低く飛んで通るに、にわかに上り行くは不審。
 ○引く敵に付けるに、急に付けられてさわがず、切られ突かれても暖々と強みありて見え〔れ〕
  ば、伏〔兵〕必ずあるべし。伏兵を置いて引く敵は、何としても強みありて残任がり、後を
  見返り、付けねば付かせたがりて、乗り返しなどす。必ず伏兵あるなり。
 ○人の足跡多くは不審。その行方を見るべし。
 〇草をふみ切り踏み分け、また草形違うも不審。
 ○木竹林の様子違うも不審。
 ○ふと出たる敵、甲を着け六具〔龍手・脛当など〕をしめ、槍を引き付け、目くばりするには
  必ず伏あるべし。
 ○陰地に馬ある体も不審。
 ○暁天〔夜明け〕に森林を通るに寝鳥立たずは不審。
 ○不審なる陰地には弓・銃つぶてを入れ、閑の声を挙げて狩りたてて通れ。
 ○糞穢のにおい新しくせばほ不審。
 ○馬糞新しくあらば不審。
 ○谷川、水濁らば、水上へ人をまわして見せよ。
 ○道の曲りに必ず伏あり。
 ○陰地を離れ陽地の中の陰地を油断すべからず。必ず伏あり。

主戦 我が国・我が城へ来る敵を撃つを云う。附、伏兵置所の事

一 敵、推し来て備え未だ定まらざる先に打つべし。
 ○敵の旛も備えも乱れ噪ぐことあらば打つべし。
 ○敵、備え所を替えば、その動く所を打つべし。
 ○敵、寒天に水を越し来たらば早く打つべし。
 ○敵、暑天に遠路を来たらば早く打つべし。
 ○敵、甲を脱ぎ休息せば則ち打つべし。
 ○敵、山坂を登り来る時、山の頂上に三ケ一〔三分の一〕登りたる時を打つべし。
 ○山を下り来る時も、平地へ三ケ一下り着きたる時を打つべし。
一 我が陣城の前に切所〔難所〕あらば、その切所を敵の越す時を打つべし。この図〔機会〕を
  外せば切所はなきがごとし。
一 敵散、一文字に長く推し来たらば、味方、三分一わけて二番備えに立ち、残りは一手になつ
  て一方の手先へ懸かるべし。敵の正中を打つ時は、左右より囲まれて負けとなる。右の手先
  を打つ時は左の手先より破られるものなり。故に残り置く二番備えより、是を守りて横を打
  つべし。
一 敵、大星を用いて推し寄する事あらば、二手に分かれて順逆より打つべし。
 (扇団の位、秘伝)
一 敵、鉾矢の形に推し寄せ来たらば、味方は三光に分けて向かうべし。
  然る則は敵かかり氷〔ひるむ〕べし。
  そのしらむ図〔機会〕を外さず左右より金鼓を鳴らし鬨の声を挙げて切り懸かるべし。
  光陰の備え堅くして静かに向かうべし。(口伝)
一 対陣の時、敵陣に馬を取り放すか、あるいは陣屋に火事出来るか、何ぞさわぎ乱れる事あら
  ば、そのさわぐ所には遊兵を遣わし、諸陣は堅固に備えを立て敵を待つべし。
  敵陣にさわぐことあらば、則ちその虚を打つべし。
一 大敵に囲まれて長陣の時は、諸軍の兵気疲れるものなり。
  謀を以て敵の弱なる事を何所ともなく云いふらして、近日囲みを出るべき説を云いふらす時
  は、士卒に新気生じて味方の強みとなるものなり。
一敵、推し寄せ来るに、緩々と攻めるは、味方の油断・怠りを待つと心得べきなり。
一伏兵置き様の事 
 ○森林・村・堤・深野等の必ずとする陰地へは、伏兵の三ケ一を伏止て、残る三ケ二の兵士は、
  敵の必ずと思わざる少しの陰地に深く伏すべし。
  必ずとする地は、敵、弓・銃を以て狩りて見るなり。
  狩る時、伏なければ外にあらん事を察する故、必ずとする地にも伏兵の虚軍を置くものな
  り。(深く秘す。別記にあり)
 ○多からざる人数にて、大敵には伏すべからず。
 ○山・塚・岡など高き所の際に伏〔兵〕置くべからず。
 ○流水のある地に伏す時は、敵より下に伏すべし。上に伏せば水の濁りにて敵に知〔られるもの
  なり。-欠文により補う〕右は大法なり。時宜に依って知略あるべきなり。

大河を渡る法
一 敵遠き内は、鉄砲侶は十人ばかりずつ刀の小尻を取り合いて、鉄砲に玉薬入れを結び付け、
  指し上げて持ち、真っ先に渡る。上兵は十騎ばかりずつ幾組も河ばたに乗りならべて、馬の
  鼻を揃えて河に乗り向けて、槍と槍を取り合い、一度に乗り込むべし。
  たがいに助けとなるなり。(※古法に習う馬筏カ)
  歩兵は、十人も二十人も弓と弓、槍と槍を取り合い、水に浮かべて筏のごとくして渡るべ
  し。また長き綱を取り合いても吉し。此方の河端に一町ほど引き退け、一備え残し置きて渡
  すべし。味方、つつがなく渡ると見えば、残りたる軍兵も渡るべし。
  いずれ先に河を渡りたる方に勝あるべし。河を越しては勢い強し。待ちたる方は弱くなる。
  また渡る方は後に河ありて逃がれざる事を知るゆえなり。(右渡し棟、戦勝の段にあり)

大河を前に置いて敵の渡るを待つ法
  渡り瀬の河端より一町ばかり引き退いて、陰陽二備え堅く立て置き、その備えよりまた二町
  ばかり引き退き、光陰の備えを立て置き、敵三ケ一渡り上がる時、三方より打つべし。上が
  りたる人数を打つ時は、河中の人数も敗するものなり。秘伝、別記にあり。よって略す。

敗して引く敵に慕う〔追撃する)法
 ○村の内、煙まぎれにはあらく〔激しく〕慕うべし。
 ○切所〔難所〕へ取り入る所ならば早く慕うべし。
 ○村里へ入る所をあらく慕え。
 ○城陣焼きて出る敵には、早く慕うべし。
 ○日の入るに引く敵は、何とぞ操り、夜にかからせて打つべし。
 ○他国勢の不案内と知らば、村里にて分かれて、ここかしこより出て慕え。
 ○付き慕う心持は、戦わずして返させては、ほどをへさせへさせして勝つべきてだてなるべし。
 ○付き慕うには多く伏兵を置くべし。
 ○おくり付けは、太鼓・金にて随分味方の鋭気を見すべし。
 ○不意の付けは、初め付けずして備えを崩させ、俄にかけ出て奉っべし。
 (口伝日く、雨・風・宙の節、必ず用うべし)
 ○慕うには必ず弓・銃を先に立つべし。
 ○夜引く敵ならば、前後左右に金鼓・鬨の声をして慕うべし。
 (声芙てて付けるに所あるべし。口伝)
 ○戦を心中に持って慕うに、敵の備え乱れて一段になって返さば、戦冒必ず勝つべし。
 ○切所にて敵半分返して、返さざる半分より騎馬かけ帰らば、後の大将を呼ぶと心得、その使
  いの行きつかぬ前に早く撃っべし。
 ○備え多くして引く敵、備えを合するならば、戦うと心得べし。
 ○敵、山を越す時、半分山を越し半分こなたに残る時を打つべし。
 ○山の腰をめぐる敵は、半分山陰にめぐり半分残りたる時を打つべし。川を渡りて引く敵も、
  前の心持にて打つべし。
 ○慕い行く味方の後に、一備え堅く備えて静かに推すべし。これ上策なり。
  一引く敵の返す所は、切所にかかる前○山林に入る境○道の曲り目○橋の前○山坂にかかる前
  ○川の前などなり。かようの所、油断せず急に付けるべし。
一 敵、後に一備え立て置きて弱々と引かば、追い慕う事なかれ。
一 強敵の引き退くに付け慕う事、鉄砲一備え、上兵二備え、これを三つに分け、一番には足軽
  に銃を持たせ推し出して、引く敵の後より銃をきびしく放ちかけて慕い行くべし。敵返さば
  足早に引き取り、敵引かばまた慕いて銃を打つべし。
  その時、後の上兵一備え、弓を先に推し立て、先に慕い行き、銃の後を二町ほど置きて備え
  を立て芝居〔腰を据える〕すべし。
  その時また後の上兵、弓を先に推し立て行き、先に備えたる上兵を推し通して、備えを立て
  芝居する時、先の銃、引く敵に厳しく打ちかけて慕い行くべし。
  敵返さば、足軽は足早に引き取り、敵引かばまた慕いて銃を打ちかくべし。
  この時、後の上兵、先に芝居したる上兵を推し通って銃の後に備う事、前の如し。
  幾度もかくの如く慕いて、人将の下知次第に追い留めるべし。
  (先の銃は替わる事なく敵に慕い、後の上兵は二備え替わる替わる備うなり。
   清月の位、口伝)
一 敵引いて本国へ帰る時は、付け慕いて打つべからず。父母妻子に会わんと思う志、甚だ切な
  る故、心を専ら
一 つにして勢い強し。その鋭気に向かって戦うべからず。
 (口伝曰く、静かに慕いて、地利の能き勝ち安き所にて打つべしとなり)

味方引き退く活
一 味方の人数引き退く時、敵付け来るに返して戦うには、左右の詰らぬ所にて返しては、勝ち
  を取る事なし。
  左右の詰りたる所にて返して勝つべし。もし広原にて返さずして叶わざる時は、味方の備え
  を三つに分けて、一備えは、そのまま返し敵に向かい、二備えは左右より敵に向かいて三方
  よりさしはさんで戦うべし。返す時三つに分かる手だてありと云うことを兼ねて〔前もっ
  て〕味方の諸卒に知らせて、その三興を定めて置く法なり。
一 味方敗軍の時、惣軍悉く引き行くを、大返しに返させんとすれども、悉く返さする事ならぬ
  ものなり。その時、軍監・物頭は早く地形のよろしきを見はからいて、道のほとりの少しも
  高き所に馬を乗り上げ引き有き、味方を悪口〔叱咤〕すべし。
  百騎が百騎に逃げる心はなきものなり。
  返したきと思いながら大勢に引き立てられて引く者は、物頭の小符を見てその所に集まるも
  のなり。歩兵にも、かくの如くの者、百騎に十、二十はあるものなり。
  その集まりたる人数を以て、敵・味方の境の塩相〔塩梅〕を見て一統に切り懸かるべし。
  敵、大軍といえども不意に横より切り懸かる時は敗軍するものなり。
  味方の逃げる惣勢も、これを見て返して後詰めするものなり。
一 味方引き退くに敵遠き時は、根もなく引き取るべし。
 ○敵近き時は人数を四備えに分けて、二備えを一備えとなして敵の方へ少し推し出して備えを立
  て居る。残る二備えは一備えになつて二三町ほど引き退き、二つに分けて道の左右に備えを
  立てる。その時、先に二備え一つになつて推し出たる備え、真ん丸になつて引き退き、左右
  に備えて居る味方の問を通って、また二三町ほど引き退き、二つに分かれ道の左右に備えを
  立てるなり。敵近きうちは幾度もかくの如くして引き退くものなり(清月の位、口伝)。
一 引き退く時、鉄砲十挺二十挺ばかりずつ問を置いて何段も残し置き、敵近く来る時、鉄砲を
  一度にハタハタと放って足早に引き取り、また敵、矢ごろに来る時、次の鉄砲を一度に打ち
  払いて足早に引き誉べし。
  その内に諸軍つつがなく引き退くものなり。
  右の操退は大事の時、引き様なり。
一 退くこと夜にかからぬようにすべし。暮れにかからば野陣を申るべし。
一 敵に助けあつてつよらば〔強ければ〕、早く戦うか早く操り引くかすべし。
一 小勢に付けら〔れ〕るには、少し返さず、図〔機会〕を見て大返しに返せ。
一 敵の見えざる陰地にては、あらく早く引き退くべし。
一 強敵に付けられては、返すべからず。
一 弱敵の付けるには、あらく返してあらくあてよ。
一 少人数にて退くには、敵遠くば散りて退き、近くは円くなれ。
一 惣て退くには戦いを持って戦わずがよし。
一 付ける敵、丸き所なきは、戦いを持たず操るなり。返す事なかれ。
一 一大事の退きには、森林に旗幡を立て、人のある態して退くべし。口伝これあり。
  (村林なき所ならば木升を立て陰地とし退くべきなり。敵高みにあらば無用)
一 一大事の退きは、堀を堀り柵を結び普請して一段ずつ退くべきなり。(口伝)
一 川海の辺にて船にて退く時は、海河の端に城をなし、普請の習の夜、すかと退くべし。
一 足軽の弓・銃に上兵の騎、少々まじえ戦う態見せて、上1兵、歩きにて陰地へ退き、相図あり
  て右の一組操り引きにする事あり。条々口伝これあり。

夜戦
  およそ軍は不意を以て勝つより大なるはなし。夜戦は不意の極る所なり。微〔ひそか〕を
  守ってその機を料ること九つあり。
 〇一つに、大雨・大風・大雪などなり。古り敵も味方も用心す時なり。しかれども懸かるは勝
  ち、待つは負けるの時なる事、口伝あり。必ずの時とすべし。
 〇二つに、大気快晴・月明に夜討の用心なき時に、不意の夜戦をなすべし。
 〇三つには、着陣の夜、敵より我を撃つべしと図るを還って〔却って〕討つは不意なる故、
  必勝。これを逆の夜討と云う。
 〇四には、敵に怠りあるを見すまして打つべし。
 〇五には、敵の着陣の宵に打つべし。是を順の夜討と云う。
 〇六には、続けて討つ。これは夜討ちを遺して引き挙げ、敵方に手負いを助け、または死人の
  穿鑿整などしてあらん時に、すきまもなく討つべし。
 〇七には、味方勝利の夜、敵方恐れすぼりたる〔衰えた〕時を打つべし。
 〇八には、夜討と思い立ちたる日は、夜戦に遣わすべき人数は遊兵となして、終日後攻め・脇
  備えに用い、働きをやめさせ置くべし。
 〇九には、夜討のこと堅く陰密にして、馬を乗り出すまで諸卒に知らすべからず。
 (口伝曰く。夜討の人数を揃えるに、諸卒は何事とも知らず揃うに、兼ねて〔前もって〕より
  夜討の時はこの旛をさすと諸卒に知らせ置いて、出馬の時その旛をさっとさし上げれば、諸
  軍、夜討と心得るなり)

一 夜討の時は甲冑を着せず、諸軍着込み鎖をかぶるべし。(口伝日く、兼ねて夜中には甲冑を
  用いずと諸軍に知らせ置くべきなり)。鉄砲は火縄光りて好ましからず。半弓を多く持たす
  べし。太刀・長刀・鳶くち多く持つべし。太鼓・月、多く持つべし。また相図次第、笛・尺
  八・小鼓・笙・しちりき等も持つべし。
 〇相詞(あいことば)定め置くべし。
 〇諸軍曹白き袖符を付けるべし。
 〇諸軍黒き衣装に白き布を腰に巻くべし。
一 兼ねて〔前もって〕忍びの者を敵陣へ遇わし、地形をよく見せ置くべし。(口伝あり)
一 夜討には若く壮んなる将-二を撰んで遣わすべきなり。
一 敵、遠路推し来る夜か、終日戦い疲れたるか、普請して草臥たる夜ならば、夜半より前を打
  つべし。
一 敵陣取りかため、長陣の怠りを図りて打つには、夜半より後を打つべし。
 〇春夏は人能く寝人り、秋冬は寝人らず。(口伝)
一 夜戦には、先ず一備えは敵陣の入口に伏兵に置く。
 (この伏は味方引き退く時、加勢すべし)。
 一備えは東を驚かして金鼓をならし鬨の声をあぐべし。その時一備えは西より打ち破って、
 一刀ずつ切って頚を取らず、思うままに勝って軽々と引き取るべし。以上三備えなるべし。
一 夜戦五備えの時は、一備え(四番)は後にまわりて敵の後に伏す。一備え(五番)は敵の前
  半途に伏す。一備え(一番)は敵に向かい、二備え(二番三番)は敵陣の両脇に伏すなり。
  右伏、皆調いたらんと思うころに、一番備え打ち破って戦うべし。さて軽々と引き取るに、
  敵、付き慕いて出れば、二番三番の伏、一度に起きて差し挟さんで打つべし。その時、先に
  後へまわりたる四番の伏、起きて金鼓を鳴らし、透間もなく乱入、小屋に火をかける時、惣
  勢一備えになって旛本を撃つべし。とかく懸かるも引くも軽々とすべし。義経の歌に、

   抜打ちにハスのながめは泛ぶなり一村雨の降るごとくせよ

  右の伏兵を起こすには、皆々相図あるべきなり。金貝又は流星などなるべし。相図一定なら
  ず時宜によるべし。
一 引き挙げて陣城に入る時、夜半なれば敵方より味方にまぎれて入るものなれば、立選り居選
  りを以て敵を知るべし。相図は兼ねて定め置くべし。選り様、口伝これあり。〔立っより
  座ったりの合言葉を決めておいて、出来なかった者を敵と知る-校訂註〕

守夜戦
一 敵と対陣しては常に堅く法度を定め、別して夜討の用心肝要なり。殊に先手の陣、専らに用
  心すべし。敵より夜討すべきの気を時々に考え知るべし。また驚戦の察考、三つの秘伝あ
  り。
 〇一つには、大将・軍監、胸騒ぎして陣中の調子乱れるその時、自ら我が脉を考うべし。
 (脉、口伝)
 〇二つには、陣の近辺に夜中、寝鳥さわぐ、また馬の噺くこと繁し。
 〇三つには、物音幽かにひびき聞こえるは、敵、間近く来ると知るべし。兼ねて〔前もって〕
  夜討あらばかくの如くして防ぐべしと定めたる通りに、その相図をなして待つべきなり。
一 陣場へ夜討来たりて乱れ喋ぐといえども、他の備えより加勢すべからず。面々請け取りの役
  所役所を堅固に守り、将の本陣へも参るべからず。その夜討の人りたる一手の持口ばかり強
  く防ぎ、ただ一方より攻めて追い出す行をすべし。追い出したりとも長追いすべからず。
一 小屋に火付けたりとも、その火を椚さんとすることなかれ。そのため兼ねて遊兵の火消し備
  えあり。かつて〔決して〕諸手より構うべからず。
一 夜討の敵、引きたりとも続け討ちやあらんと諸陣油断せず、備えを堅くし、夜廻り等、念を
  入るべし。
一 石に記する所は、無理の夜討入りたる時の事なり。兼ねて用心堅岡なれば夜討入ることな
  し。敵より忍びを入れて見聞するに、怠り無き事を知れば、夜討に利なきを知って、かつて
  〔決して〕夜討は来ざるもの。用心の次第、左にこれを記す。

夜討用心の事
一 酉の刻〔午後六時頃〕より役所々五人十人の番をつくべし。子の刻〔夜十二時頃〕より別
  人、前人に替わって守ること前の如し。(酉の刻より子の刻まで守りたる人々は、即ち休む
  べし)翌夜は、前夜の子の刻より卯の刻〔朝六時頃〕まで守りたる人々、酉の刻より子の刻
  まで守りて休むべし。前夜、酉の刻より子の刻まで守りたる人々、今夜は子の刻より卯の刻
  まで守るべし。
一 門々には篝を焼いて、門を守る人々は火より二十間ばかり離れて守るべし。但し二人ず替わ
  るがわる雁番すべし。
一 廻り番は十人一組にして、一夜に六度、風雨の夜は十度まわす〔る〕べし。但し樹木あら
  ば、その間々二人ずつ分かれて廻るべし。明松は十問ばかり先に立て、役所々、御用心御用
  心と触れて通るべし。役所々よりは、守人、定調を以て答えて、玉燈(口伝)をなげ出して
  廻番の袖符を見るべし。
一 将も一夜に三四度、勇士をつれて廻りて、守番の怠り有無見、怠らざるには賞し、怠ける者
  をば恥しめて、また数日の疲れを賞して通るべし。
一 一刻々には、昼夜ともに数の鐘をつくべきなり。半時々には拍子木を打つ〔手〕筈なり。
一 将士ともに、夜は着込をきて鎖頭巾を枕にして、太刀・刀を引き付けて物の具によりかかり
  寝るべし。夜中に急なる事ある時、甲冑におよばず着込みにて出るべし。袖符など常に付け
  置くべし。
一 兼ねて〔前もつて〕夜々に忍びを四方に出し置きて、夜討の沙汰を告げさすべし。
  右條々口伝これあり。

火戦
  孫子曰く。火攻めに五つあり。
 〇一に曰く。火人・敵陣に火を付けて焼き亡ぼすなり。投炬に法あり。人を焼き殺すにはあら
  ず。陣屋を焼かれて騒動するを討つべし。
 〇二に曰く。火積・敵の兵鵜・薪等を焼くなり。
 〇三に曰く。火輪・戦車武具備器などを焼くなり。
 〇四に曰く。火庫・城中の蔵を焼くなり。
 〇五に曰く。火隊・敵の行列を焼くなり。
一 火をかけるには風下より風上へつけて行くべし。(口伝。十間ほど置く)

用火の秘方
一 炬は若竹を清流に沈めて三十日ほど置き、干して打ちひしぎ、長さ五尺、小は三尺に結びて
  用う。
一 投炬の方○松の節の粉(一匁八分)○モグサ粉八分○生脳十両○龍脳○焔煩(各、口伝)金
  (八分、口伝)右、紙に包み張りて(口伝)檜木を細く割り、硫黄をぬり(口伝合薬)右の
  薬袋にさすこと。栗のいがのごとくして火を付け投げる。
一 雨炬の方○焔煩二匁○硫黄一匁五分○生脳二匁○松脂二匁○もぐさ粉三匁○鼠の糞三つ㊙三匁
  右細末にして竹の節を抜き三尺ほどにして、その竹に随分かたく右の薬を詰め、口に火口を
  さし用う。(竹こしらえ口伝これあり)
一 水中また強雨また火無くしてともす炬の秘方
  ㊙六月土用の日に干し、細末して十匁 (金)生にて細末して五匁右の薬を至極打ち和らげ
  たる藁にもみ付け、縄となし、竹炬の中に包んで結び持つなり。水にしばらく付けて、上げ
  れば則ち火燃え出炬なる。不知火と云う秘方なり。深く秘すべし。
一 玉燈の方(一名、夜光の玉)○生脳三両○硫黄二両○桧脂五両○まざは一両(口伝)
  右細末して(焼)にて練り、玉子の大きさに丸じ、上に緋の衣をかけ用う。口伝
一 懐中火の方、白盤を厚き紙に五六篇ひいて日に干し、袋に作って、その中に茶を細末にして
  入れ、その中に炭団を火に起し埋めて袋の口をはり懐中すべし。火消える事なし。また外に
  燃え出る事なし。秘すべし々。

騎戦 
一 我が手に過ぎたる馬に乗るべからず。片手綱自由する馬、乗るべし。また早きとて、おろし
  馬に乗るべからず。立すかすに悪し。また乗る人早く草臥れるなり。 ○立髪・野髪は武具に
  もつれ、悪し。
一 馬上鞍かための事。細き苧縄〔麻縄〕を二重三重に取り、その真申を胸懸に結び付けて二筋
  を引きそろえ、下腹へまわし、腹帯の通りにて結び合い、その結日より二つに分けて腹帯
  (はるび)を通す。左右の穴より上へ引き通し、左右の居木に結び付ければ鞍かえらぬもの
  なり。(秘伝別にあり)
一 馬上より太刀打ちするには、左の手にて手綱を取り、須弥の髪〔たてがみ〕の上に推しつけ
  て、左の手の上をさし越して刀を抜くべし。左の手の下より抜く時は、手綱か手を切るもの
  なり。
 ○刀を抜きもうけては、右の手に刀、左に手綱なり。馬を左に返す時は、刀の柄を左の手綱にか
  けて返し、右に返す時は柄を右にかけて返すなり。
 ○敵を切り、また太刀を合するにも、左に打つ時は右の鐙を強く踏み、右に打つには左の鐙を強
  く踏むべし。(馬上の太刀打ちは、必ず先番っべからず。間近きと思えども遠き故、先をし
  たる方、下太刀となるなり)
一 槍を持って馬に乗るに馬取りもなき時は、左の方の片手綱をさし越して取り、鞍の前輪に引
  きかけて、馬の頚を左の四方手〔鞍の紐〕に引き付けて、手綱を前輪に一巻まき付けて槍を
  取り、手綱のあまりを槍に取りそえて、馬の須弥の髪をも取りそえ、左の手にて後輪をかか
  え、常の如く乗るなり。
 (口伝日く。歩武者を槍にて突き倒したりとも、早く馬より下りることなかれ。二鎗も三鎗も
  能く突いて下りるべし)
一 馬の、脇に寄せられぬ細道にて向かいより乗るには、左は、左の鐙の舌先を我が前に引きか
  えし、左の足にて踏み乗るべし。右も左同前なり。
一 胴の短かき馬は野山を能く歩く。胴長く頗高き馬は河を能く捗り、岩石をも能く凌ぐなり。
一 草枯れて馬に飼うべき物なき時は、稲の刈りかぶ、根ともに引き、よくく洗い口に干して飼
  うべし。よく食うものなり。細く刻み煮ても飼うべし。〇五八霜を耳かき一すくい計りつつ
  馬の舌に塗れば、十日も食せずとも馬は草臥れぬものなり。
一 物見あるいは騎戦の時、梅干しを包み、轡の喰にくくり付けて置くべし。馬の息きれる事な
  し。
一 馬にて坂を登るにも下るにも、敵を追うにも追われるにも、つづら折りに乗らざれば、馬続
  かぬものなり。忘れることなかれ。
一 馬に息をつかする事、地の低き方へ乗り向けて、ひきみ〔低み〕に前足を置いて息をつかす
  べし。
一 馬上より腹帯を締めるには、前足を高みへ乗り向けて、締めるべし。
一 馬上にて組打ちの時は、馬より早く落ちる方が負けるなり。早く落ちざる秘法あり。口伝
一 馬を入れる事、大勢の正中に乗り入れるべからず。敵の備えの片端しに乗り入れて片角を乗
  り破るべし。
 ○右の手先へ乗り入れるべし。
 ○丸くなつて除く敵に馬を入れる事なかれ。
 ○相向かいて乗入れるべからず。
 ○切所また逆茂木〔いばらの柵〕・違土塀の場に馬を入れる事あるべからず。
 ○敵の備え、横になる時を、乗込み乗破る図〔機会〕と云う。
 ○逆茂木・違土居・長短の備えは各騎を防ぐ法なり。
  右候々口伝これあり。
一 大河あるいは沼を渡すべき時は、先ず馬を駆け走らかして馬に勢いを出させ、
  その勢いをそのまま乗り込むべし。馬の力強くなって能く捗るなり。堀を飛ばするもまた
  同じ。(口伝)
一 河沼渡す時は、乗り込む場よりも向こうの上り場の善悪を能く見極めて渡すべし。渉る所の
  能きばかりを見るべからず。(口伝)
一 河を渡すときは、先ず障泥〔泥よけ〕をとき去って、鐙を細き苧縄にて力革に結び付け、腹
  帯をば馬の下腹より両方へ分けて馬氈〔鞍おおい〕の上に引きあげ、しかと結び、そのあま
  りを鞍の前輪の山形より前に引き出して、左の手にてこれを取り、前輪にひきかけて締めつ
  け、右の手に槍を持ち、槍と手綱と取り合わせて渡すべし。手綱を引きしめれば、馬を引き
  かぶりて後にかえるものなり。
  評日く。馬は足の届くまでは渉る。足届かざれば後足ばかりにて渡り、後足も届かぬとき一
  沈み沈んで浮上り、面ばかり出して泳ぐものなり。馬の〔が〕頭を持ちあげる時、馬の頭に
  て乗る人の面を打つ。この時必ず落ちるものなり。その心得肝要なり。馬氈は板馬氈を用
  い、綿入れを用うべからず。水中に悪し。
一 返して敵に〔と〕戦う時は、馬を急に引きおりて返せば、後に推し付け来る敵にひしと廻り
  合いて打ち取られるなり。大廻しに返すべし。
一 頭を高く持ちあげて行く馬は、堀をとぶことならず。またつまずくなり。戦場に用いるべか
  らず。
 ○尾を長くしておくは、道の悪しき時、泥をふりかける。尾を結べば馬の草臥となる。
 ○須弥髪〔たてがみ〕は長きが吉し。取り添えるに用あり。
 ○大だけ〔丈〕なる馬は、鎧を着て釆下り不自由なり。
 ○肥たる馬は河を泳ぎかねる。
一 馬は初め乗り出す時にくたびれ、後には疲れず。故に初日と朝、乗り出す時をいたわり乗る
  べし。
 ○飢えるにはくたびれず、飽くにくたびれるものなり。
 ○夜道は甚だくたびれるものなり。夜中その心得あるべし。
 ○夏日、長路を来るか、また戦い疲れて後、河に乗り入れば、必ず川伏し〔しゃがむ〕をするな
  り。用心すべし。

◆船戦
一 船軍の備えは、先手船・二陣三陣・左右脇備え・遊軍・物見便船・大将旛本船・後軍・遠見
  船、漕ぎならべ備えること、陸地にかわる事なし。船の上には小荷駄の奉行なし。船毎に兵
  粮を積むゆえなり。
  備え形、時宜〔判断〕なり。
一 船軍に慣れたるか、また船路に慣れたる士を以て船奉行とし、惣船大法を下知〔命令〕すべ
  し。船頭・舵取はその国の海上功者を用いるべし。
一 大将の船には幕を長くさげて水に浸るほどにすべし。腰板の幅通りには鉄の網の幕を張り、
  その内にまた幕一重あるべし。以上三重なり。その外、上の方は何れ〔も〕鋼鉄の網を張
  り、火矢を防ぐべし。鉄砲の通らざる巧み〔工夫〕尤も有るべし。
一 兵船にも先ず鉄砲の通らざる分別、肝要なり。幕より内に一重竹垣をして、またその内に幕
  一重張るべし。船腹の用心第一なり。(口伝)
一 物見船は、常の船に苫〔和船の覆い〕をふきたるごとく、楠板にて鉄砲の通らざる厚さにし
  て、棟をしのぎ作りに水際まで下げ、艫〔船尾〕・舳〔船首〕ともに透間なくしつらい、天
  井板に狭間〔銃眼〕を切り、櫓は艫にも舳にも立て、自由第一にして、物見また銃競り合い
  に用う。
一 船戦は小舟を先に懸からせ、大船は備えを堅くし、しずしずと押し寄せ、金鼓を以て進むべ
  し。
一 敵遠き内は旛旗を船ごとに立て並べ、飾り立てて目を驚かす如くすべし。敵近づくに随って
  旗をしぼり竿を収めて相図旗ばかり立つべし。(口伝)
一 下知の相図は陸地より易し。海上平々たるによって、金琴・貝の音また旗色互いに見聞きに
  よろし。夜は流星花火の類にて相図あるべし。(口伝。銃の事)
一 船戦の法は陸地と違い、味方不自由なれば敵も不自由なり。潮汐の満干、風の順逆、能く能
  く考うべし。上り汐に障えらるべからず。されども時を待つこともならざる時は、手配に心
  得あるべし。船に奇正を定め、懸引き自在にすべし。伏兵の心持ちにて遊船を所々に置き、
  難戦を救うこと専らなり。大筒・石火失・小筒・弓、その手その手の時宜〔判断〕によるべ
  し。小舟は軽く懸け引して弓・銃を放つべし。敵、陸に上らば、その上り場の善悪を見て、
  弓銃を先にして推し寄せ戦うべし。
 ○船と船と戦う時、敵の船の腹へ、味方の船の舳先を突きあてるように勢い強く押さすべし。
  敵の船近づく時、味方の船腹を用心して漕ぎまわすこと専らなり。古米、船戦十文字と云う
  はこの事なり。
 ○熊手・投げ鎌を用いること、船戦の古法なり。(敵を見て船を見ず。口伝)
 ○相鑰を以て敵の船へ打ちかけ、引き寄せて敵船へは乗り移るものなり。
  左なき時は乗り移り戦うに、船と船別れれば、味方、船へ.灰ることならず。敵の擒となる
  べし。(相鑰とは、鉄の鎖の先に細き碇を付けて船毎に用意すべし。口伝)
一 敵地へ船にて推し寄するには、先ず上り場の岸根深く足入れならず、潮の満干も少なく見
  え、切所〔難所〕は遠く、伏兵を隠すべき陰地なく、左右・前後広き所をよくよく見極めて
  寄するものなり。常蛇の守備・扇団の位、肝要なり。
一 船に乗りて陸より寄せる敵を待つには、川けを去りて陣を張り、弓・銃にて海辺を守らせ、
  遠見を出して敵の遠近を見せ、海辺の陰地に伏兵を置くべし。口伝多し。
一 船陣取りの法。小船を以て大船を取りまわし、大船には碇を下ろさず小船小船に碇を卜ろし
  て大船に組みて繋ぐべし。大将の船を太極として、惣船を以て秘の如く警固すべし。(大風
  にて大船に碇す事あらば、にわかに自由する時は、綱を切って捨てる弔尤もなり。故に碇・
  楫その外、大綱多く用意あるべし。口伝)
  楫折れて替え楫なき時は、大楫を結ぶべし。大楫とは、櫓を二挺、船の艫の左右をはさみて
  綱にて結ぶなり。(船頭のよく知るところなり)遠見船・物見船、油断なく乗廻りて、夜は
  拍子木を打ち、相詞・玉燈、陸陣を守るに同じかるべし。細々嶋々よくよく気をつけること
  肝要なり。○島陰の煙○水鳥のさわぎ○敵の忍び船
  ○火船、これらのこと、万事に気遣いすること、武道堅固の第一なり。
一 火船とは、小船に柴薪を積みて油をそそぎ、四五艘も調えて強風を待ち、外に小船を添え、
  漕ぎつれて敵船の問三四町風上にて火船に帆を掲げ楫をなおし、薬火を柴の中に人れて、火
  術の人々は早船に漕ぎ戻るべし。火船、敵の船陣に走り入りて、火炎燃え出て敵のさわぐ図
  〔機会〕を見て、惣船、押し寄せて討つべし。
 

  • 最終更新:2018-10-23 14:09:12

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