矢背負稲荷神社の伝説(創作)

 矢背負稲荷神社の伝説を元に(創作)。《箕輪城での稲荷伝説
   戦国時代(永禄6年)鷹留城の麓にある大久保の谷津に暮らす若侍の夏目吉春は、代々続く家柄の子であるが親兄弟が討ち死にしてしまい祖父母と暮らしていた。ある日吉春は、野山で偶然出くわした一匹の白狐を助ける。吉春の心に触れて好意を抱いたこの白狐は、黒髪山の神に助力されて妖力を得る。吉春(16才)とこの妖力を得た白狐が主人公の物語である。地の文は女性っぽく治してゆこう。

 「霧の鷹留城と矢背負稲荷」
1.
   梅が枝が付けたつぼみを、薄紅色に膨らませていた。榛名山麓は柔らかな光にあてられて照り返り、辺り一面いっそう輝きを増してきた。私はその時、木のうろから抜け出した野ネズミが、土中から這い出して来る虫を目当てに、忙しく嗅ぎまわっているのを眺めていた。ふいに目の前を一羽の雀が横切った。私はそれに目を奪われると、あぜ道の向こうの方まで飛んでゆくのを見送った。すると沢伝いに里まで続いているそのあぜ道を、独りの村人が登って来るのを見つけた。
   蓬色(よもぎいろ)の直垂(ひたたれ)に袴姿の村人は、馬のしっぽのように長く伸ばした髪を後ろで束ねていた。さらに脇差を背の方に回して帯に挿し直すと、袴を膝まで上げて腰に結わいつけてあった紐でたすきを掛けた。そしてあぜ道を私のいる方へそれて沢へ下ると、本流から少し離れた水が温んでいる辺りを這い回り始めた。その姿から見て、侍の子らしい。まだ元服したばかりのようだが、この少年はいったい何をしているのだろうかと思った。

   「お! あったあった、ここん所あったけえから出てると思ったんだ」

   恐る恐る近づいて見ると、どうやら彼は嬉しそうに芹を摘んでいるようだ。その顔は、朗らかに流れる沢の水面に照り返された、陽光に当てられて輝いて見える。その姿はまるで水色の空に浮かんだ、ふわふわの真綿のように白く、萌え立つばかりの若木のように瑞々しい限りであった。
   この様な私の心を惹きつけて離さない彼に出会ったのは、その時が初めてであった。ふもとの方から吹いてくる春風が、私の頭上を悪戯にそよいだ。すると枯れ枝が揺すられて欠け落ちて、身を隠していた草むらを掻き乱した。私がさっとこれを避けて脇へ飛びのくと同時に、彼は何事が起きたものかと辺りを見回すと、やがてこちらの方へ目を向けてきた。

   「あれ? どしたんだおめえ」

   まるで愛らしい小動物を見るような眼差しに、私はついと射すくめられてしまった。彼が沢から上がり、こちらへ近づく為に自分の足元を確かめるようと目をそらした隙に、私はあわてて身を隠した。

   「あれま、いつの間にか居なくなっちゃったか」

   彼は辺りを見回して私の姿を見つけられずにいると、残念そうに籠を覗き込んでだ。

   「まあいいか、こんだけ芹が取れた事だし上々だんべ」

   そう言って気を取り直すと、彼は満足そうに頷きもと来た道を里の方へへ下って行った。私は陰からその姿を遠くまで見送ると、後ろ髪惹かれる思いで林の中へ駆け込んだ。

   彼の住む集落は、榛名山の中腹から沢伝いに下って来た、平野部への出口にあたる大久保の谷津にあった。彼の家のある集落から東へ向けて斜面を登ると中腹に社があり、脇を通り抜けて更に登ると鷹留城の大手門へ通じている。また谷津の出口の西側の高台には、砦が築かれていた。その本廓には鷹留城守将の一人である、石井讃岐守が館を構えていた。この砦は鷹留城の守りを固めると同時に信州街道の道筋を守る役目も果たしていた。いみじくも私の心を捉えた彼の名は、夏目小三郎吉春といい、祖父母と共にこの里の谷津に住んでいた。

   「まったく吉春はせっこが良いで助かるわ、これで嫁でも貰えれば言う事なしじゃがのう」

   「じいちゃん、俺にはそんなんまだ早えと思うんだけんど」

   「馬鹿ゆうんじゃねえ吉春、わしがばあさん貰った時はおめえより若かったんだぞ」

   「じいちゃんは、そうかも知れねえけんどさ……」

   「おめえ、あれだんべ、榛名神社に来とった巫女さが気になるんじゃねえのか」

   「そんなんじゃねえよ」

   囲炉裏にくべた蒔きがぱちりとはじけると、揺れる灯に照らされた吉春の頬は赤く染まって見えた。私はこっそり物陰からそれを覗いていたが、彼の頬を赤く染め上げた巫女さの事が気がかりで仕方がなくなってしまった。

2.
   月が巡り桜の季節がやって来ると、この村の神社の境内には祭りのために舞台が築かれていた。明日の祭りを前にして、榛名神社からやって来た巫女様の演習が行われている。吉春は、白衣に緋袴を履き柄付きの手鈴を掲げて舞う姿に見とれていた。彼女たちの丁寧に組み立てられた、一通りの演武が終わると吉春は、満足げにひなた山へ入り山菜を探し始めた。
   涼し気に舞う巫女様に気を取られて、いたずらに時を過ごしてしまった吉春は、すっかり陽が傾き始めてしまったので少し気がせいているようだ。私はそんな彼を遠巻きにして、引き付けられるように、彼の後を追いかけていた。

   (きゃうおぉーーーん)

   右足に激痛を覚えた私は、思わず泣き叫んでしまった。

   「うん? なんだんべ、あっちの方みてえだな」

   腰ほどの藪をかき分けると、彼は私のいる方へやって来た。

   「なんだ! あん時のおめーじゃねえのか、もしかして」

   彼はゆっくりと細やかな手さばきで罠を外してくれた。そして傷口の塵が払われると、私は「きゅいぃん」と、小さくうめき声をあげてしまった。すると小刻みに震える私の足を、懐から取り出した布で優しく包んでくれた。
   震えたのは、痛いからじゃあない。初めて会ったあの時の愛しむような眼で見つめられて、私はたった今彼の胸に抱かれている。なぜかしら、私の体の芯から込み上げて来る、この暖かな拍動が内側から震わせてきていた。

   「しょうがねえなあ、この先のお稲荷さんまで連れてってやるべえ」

   そう言うと彼は、私を抱っこして社まで連れて来てくれた。

   「いいか、ここでじっとしてるんだぞ、時期に良くなる」

   そして、ついさっきお備えして行った感じの干物を私の所へ持ってきてくれた。白狐の私は、この時彼に普通ではあり得ない感情を持ってしまっていた事を確信した。万物の霊長のみにしか持ちえない感情を……

   時が身体を癒してくれると、私は山の家へ帰って来た。

  「母さん、私はどうしてしまったのでしょう? 人の子が愛おしくてならないのです」

  「あらそうなの、では貴女にもその時が来たのですよ、私たち白狐の定めの時が」

   榛名山は神の山と崇められ、そこに生きるものの内には神の力を宿したその使いが選ばれた。白蛇や白狐などと、白く姿を変えられた生き物がそうである。まるで人のように、心が芽生え異性を思うようになった時こそ、その力が現れると云う。

   「貴女も、黒髪山へ行き竜神様に正しい力の使い方を授けて貰いなさい」

   「それはどうしてなの?」

   「力を悪い輩に利用されないようにする為ですよ」

   「力ってどんな力かしら?」

   「おおよそ望む所は叶う、ふしぎな力ですよ」

   「え! そうなの、あの人とも一緒に暮らせるの?」

   「貴女が望み、それが正しい事なら叶いますよ」

   「うれしい、私早速行くわ、竜神様の所へ」

   「そうね、でもその傷がもう少し癒えてからになさい、良いわね」

   「はい! 母さん」

3.
   満月が昇り始めた夜、私は箕輪城の西を流れる白川沿いに、黒髪山を目指して登りはじめた。月も高さを増してくるとしだいに斜面がきつくなり、黒岩と鷹ノ巣山の間を行くころには谷は狭まり困難を極めてきた。さらに南天の月を背にして前方を見上げると、漆黒の岩山が姿を現した。

   「いや、母の教えの通りやって来たはずなので、これは黒髪山のはずです」

   辺りには水音も冷たく、染み出てくるような沢の流れが微かに聞こえてきた。この寂れた世界は、夜風が突然につむじを巻いて吹き上げ、ぱらぱらと枯れ葉が地面を叩く音に掻き乱された。驚いて振り向きざまに見上げると、静けき月より舞い落ちる雫が私の頬を打った。

   「泣いてくださるの?」

   月は応えてくれない。私の心は今、あの人しか見えていない。

   「お傍へ行きたい。そして、ずっとずっとあの眼差しを受けて居たい」

   雨が通り過ぎると、風も足を止めた。山の天気は変わりやすい。すると、それまで行く先を照らしていた満月が、ともに泣き濡れたのか姿を隠してしまった。

   「どうしよう、これでは行方が定まらないわ」

   するとどうだろう、鈴の音にも似た微かな響きが私の方へ近づいて来る。おぼろげに柔らか灯りが、黒髪山の方からこちらへ向かっているではないか。

   「どうやら、これが母のいうお迎えのようね」

   私は再びこれを頼りに山を登りはじめた。その灯りは私の周りを、ふわふわと舞いながらその数を増してゆき、鈴の音も華やかに踊りはじめた。どうやらおぼろげな灯りの正体は、妖に光を放つ羽虫だと気付いた。このふわふわの灯りの道しるべが突然四方へ散って消え去ると、今度は海中を泳ぐ小魚の群れのように一団となって現れ、漆黒の岩山を目掛けて流れて行った。

   「待ってどこ行くの?」

   小走りにこの後を追うと、この群れは岩の中へ吸い込まれて行った。そしてまた足元を照らすように現れた、灯りの小道を進んでゆくと、それはどうやら洞窟へ続いている様だ。おそるおそる奥の方まで進んでゆくと、灯りたちが群れを成したその中央には、ゆるゆると湧き出す泉があった。

   「ここがそうなのね」

灯りの群れは踊り、神妙に響き儀式を始めたようだ。
突然静まり返ると、灯りは数を減らしまた増やしと緩やかなリズムを刻んだ。
すると私の思考は痺れ、体を少しづつ覆いつくし、暗闇に落ちて行った。
「ここは何所?」
『気付いたか』
泉の上に竜の首が青白き光を放って据わっている。

『其方には既に力を開放した』
「そうですか、何やら不思議な自信のようなものは感じます」
この力を授けし龍首は、闇?神の化身、地域の守護神であると云う。
『付いて参るが良い』
すると洞窟内にあった灯は、周囲の岩壁を押し広げて上方へ広がり、ついに天空へと貫いた。
まんまるお月様は、既に天空から降りて、西の空へ沈もうとしている。
龍首は月を追いかけるように上方へ舞い上がると、青白き光を帯びたその胴体もうねる様に続いた。
「どうやって、登ってゆけば良いでしょうか?」
『すでに力がある、我と共にあろうと念ずるのだ』
私は上方より小首を曲げて言う、龍首を仰いだ。
「やってみます」
私は淡い桜色の輝きに包まれると、足が地から離れて駆け出していた。
まるで空を海のように、自由自在に泳ぐ小魚のようにであった。
『其方にこの地の昔を語ろう』
「はい」
榛名山の上方高くから、黒髪山を見下ろした。
その北方には、いつの間にか轟音と共に火柱が上がっている。
古代榛名山麓には、隆盛を極めた毛野氏の一族が蔓延っていた。
山肌の草原地帯に、大陸から持ち込んだ馬を放ち育てていた。
火柱から躍り上がった焼け岩が、これらを飲み尽くしている。
『見よ、これが人のい思いあがった故の行く末じゃ』
「なぜ此れをお見せになるのですか?」
『あの辺りに、私の使いが働いておる』
「あ! 火を防ぎ、従うものを導いているように見えます」
『その通りじゃ、悪を良しとせず只生きるに精いっぱいのもの達を助けておる』
「どうしてでしょうか?」
『私を頼みにする者のみが、使いに従えよう』
人とは、己の力を持て余すと間違った使い方をする。
その為に毛野氏は、半島まで出兵して戦ったその振る舞いを咎められたとも言えよう。
『天災・人災に限らず、この地を守るために力を使うのじゃ』
「私の母は、正しい力の使い方を学べと言われました。正しいとはどのようでしょうか?」
『簡単な事じゃ、己の為ではなく他の者の為に使え』
「己の為に使ったらどうなりましょう?」
『己自身が暗闇の淵に沈んでゆくであろう』
「そうですか……」
『其方の心は読める、相手の為ならば良い』
「私の為なら?」
『使いに選ばれたとて、誰もが正しくは使えない、学ぶのじゃ、暗闇の淵に沈んでしまわないようにな』
「はい」
眼科には、駆け巡るように様々な様子が映し出され、一度に観られぬほどであった。
とうに月は沈み、東の空が暁を覚える頃になると、母の待つ穴倉に舞い戻った。


「昨夜は遅かったわね、無事に帰ってこれて良かったわ」
「心配かけてごめんなさい」
「いいのよ、それよりミホ(美穂)これで貴方も一人前ね、尾にその兆しが見えるわ」
「これがそうね、これであの人の傍へ行けるのね」

つづく




娘(華奈)に化けて吉春に近づくが相手にされず悲しみに浸る。
勧進比丘尼を母に持つ『すず』と楽しく過ごす姿を見た白狐は嫉妬してやまない。
ある時すずは武田の乱取りに合い命を落としてしまう。
これを見殺しにしてしまった白狐は、吉春の悲しみを見て後悔する。
妖力を使いすずに乗り移り、すずとして過ごす。
この春より戦人としては衰えた祖父にかわり、戦のおりには家を代表して出陣することになった。
永禄9年5月、妖狐が吉春の思い人に載り移って、鷹留落城から救い出すお話し。


狐の嫁入り
夜間の怪火が4キロメートル近く並んで見えることを
天気雨をこう呼ぶのは、晴れていても雨が降るという嘘のような状態を、
何かに化かされているような感覚を感じて呼んだものと考えられており

黒髪山神社」となっています。神社の名称は雷を意味する「闇?神くらおかみ」に由来
〔「くら」は谷、「おかみ」は水をつかさどる竜神の意〕渓谷の水をつかさどる神。
※つまり映画でいえば、サイレント時代の映画ですね。動きで心を表す。

  • 最終更新:2021-02-15 00:56:20

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