長尾顕方の謀反

長尾顕方の謀反

顕方は大永4年(1524年)に相模の北条氏綱に内応して謀叛を図るが、憲房の後を継いだ上杉憲寛の命を受けた従兄で庶流の高津長尾氏の長尾顕景に攻められて当主の座も失った。扇谷上杉家の太田資頼は、この件で顕方を激しく非難している。なお、顕方の追放と顕景の当主簒奪は永正の乱の出来事で、永正4年の事件は北条氏綱・長尾為景と結んだ顕景によるものとする説がある

以後の消息は不明。以後総社長尾家の家督は顕景の子孫に引き継がれる事になった。

Wikiより

  • 最終更新:2016-06-08 00:09:15

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